【vol.44】鷹使いの長靴

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親しい仲間が鉄板を切り出して作った燃焼効率の良い100㎏のマキストーブ。それを設置するにあたり、屋根に穴をあけて煙突を通すことになった。

この機会にずっと先延ばしにしていた、長い間雨漏りに悩まされてきた八丈島の自宅のトタン屋根を全部貼り直すことにした。長年の潮風で錆びたトタンはボロボロで修理しても焼け石に水状態。修理の度に屋根から落ちることも数回。一度はトタンの角が手首に突き刺さってかなり酷い目にもあった。

引っ越すまでは知らなかったけれど、八丈は暖流の黒潮の影響で日本でも屈指の降水量で雨が異様に多い。特に梅雨時期はすべてのものがカビにまみれ、自分自身もカビに侵されそうな気分になる。移住してから早10年、この呪われた循環を断ち切らなくてはと思っていたので「エイッー」と気合を入れて、1トンの材料を屋根にあげるのにうんざりしながらもなんとか雨漏りしないまでには出来上がった。

それが終わると次は山形県・東根市へ、マタギを撮影した山熊田の写真展の設営に駆け足で向かった。

東根市はサクランボが有名で税収入も多く、贈答用の高級サクランボは収穫期になると盗難されてしまうほどだという。自治体の生活支援も手厚いため、山形県では唯一人口が増え続けている町だそうだ。サクランボ畑をつぶして作った新しい町並みは大手チェーンの大型店舗が居並び、日本全国どこにでもある似通った風景に山形に来たという実感が全く湧かなかった。

タクシー運転手のおじさんが山熊田の人のように方言をしっかり喋るのを聞いて、やっと漸く、どこか気持ちの奥底がホッとする。

「俺も昔はうさぎよくとっていたんだよ。でも卯年だからさ、もう随分前に殺生はやめたんだよね」

「カンジキはさ、輪っかが2重じゃないと雪に沈んじゃうんだよな。今は安くて便利なのが簡単に買えるけどさ」

という昔の話を、自分で指先を切って改良したと思われる手袋でハンドルを握りながら嬉しそうに懐かしんでいた。

また、山や道路で死んだ特別天然記念物のカモシカを回収している市の職員の人は「死にたてだったら一回食べてみたいな」と話す僕をさらりと笑ってかわしつつ、山熊田の集落の写真に目を細めて向けながら、秋田にある故郷を思い出すと話してくれた。

彼らと話しているうちに、やっとパッケージされていない生身の土地の香りみたいなものを感じることができた。この一帯は雪も降るし熊も出没する。街場の人たちよりも彼らは感覚的に山熊田と近いのだと思う。

写真展と合わせて、東北芸術工科大学では講義をした。当然参加した学生たちの中には東北出身者が多く、彼らには震災当時の状況が記憶に生々しく刻まれていた。戦争写真をプロジェクターで見せながら話し終わった後、彼らが書いた講義の感想を読ませてもらうと、生命の喪失に対してものすごく敏感だったことが印象に残る。

写真展の初日、遠路はるばる山熊田からもたくさんの知人が駆けつけてくれた。普段は山の中でしか会わない彼らと街場で会うのはお互いにどこか気恥ずかしい感じがして面白かった。

彼らは大判に伸ばした写真の中から自分たちが写っているものを探して、見つけては「これはあの時のだな」と喜んでいた。Hさんに「俺の写真はどこだ? 写ってないぞ」と言われて、ゲッまずいと思っていると、雪山の中に小さく後ろ姿が写っているのを確かめて「んだ、この後ろ姿は俺だ。あ、この写真にもいるぞ」と見つけてくれて安心する。Hさんのその様子は山で熊を見つける様子とそっくりで、何とも可笑しい。

写真展の会場の人ごみの中、たった今山から下りてきましたという感じで異彩を放つ、小さなザックを背負った小柄な初老の男性がいた。履いている長靴も左右の長さが違うし只者ではないなと思っていたら、隣の天童市からやってきた鷹匠の松原さんということがわかった。モラトリアム期真っ最中の10代に読んだ立花隆の青春漂流に、苦労して鷹匠になった若き日の松原さんのことが書かれていたのをよく覚えていたので嬉しかった。

新聞の切り抜きを見て今回の写真展に来てくれたという松原さんに話しかけると、おもむろに立ち上がり、

「あなたも片目見えないんだって。僕も見えないんだよ」

「魚突きが好きで沖縄によく行くんだよ」

と、魚を突き刺す格好をしながら相好を崩す。僕は白くなった松原さんの左目を見ながら、

「片目でも魚は突けますよね。八丈島にも遊びに来てくださいね。おいしい魚がいっぱいますよ」

と答えながら松原さんが鷹とともにどのような生き方をしているのかを見てみたいと思った。

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メキシコ ゲレロ州チルパンシンゴ/元警察官が何者かに射殺された現場。ゲレロ州では麻薬組織同士の抗争の激化で日常的に殺人が起きている。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine:Intifada』『Re:WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。新作写真集『山熊田 YAMAKUMATA』を今年2月に刊行。