野遊びに興じる我らアウトドアマンは熱力学第2法則に注意!

Heat

1〜2℃の気温上昇は本当に我慢すればいいだけ?

気温40℃超えを連発する昨今の気候を体験して、さすがに「地球温暖化はウソ」という意見は少なくなったが、今度は「何百年もかけて平均気温が1〜2℃上がったくらいで、経済活動を抑制するのはいかがなものか」という後半部分に本音が滲み出た資本家サイドの意見を聞くようになった。というか、最近見たネット番組では、経団連に深く関わりのある企業の方が、まさに「ちょっとの温暖化なんて我慢すればいいだけ」と言った論調で温暖化を研究する東京大学の教授に噛みついていた。

確かにタープ泊をキャンプの常套手段とするようなサバイバル雑誌編集部としても、ノンフィクション小説『ブラボー・ツー・ゼロ(早川書房)』でイラク軍に追われていた英陸軍SAS所属、アンディ・マクナブは昼間40℃、夜はマイナスまで落ち込むイラクの荒野を身一つで耐え抜いたのだから、「まあこのくらいの温暖化なら我慢できなくもないか」と最近まで高を括っていた。

……が、うっかりこの世の大定番原理「熱力学第2法則」の存在を忘れていた。系のエントロピーが増加する方向へ不可逆変化が起こる。つまり熱は高温から低温へ自然に移動し、その逆は自然には起こらないことを考えれば、人間はたった数℃の平均気温上昇で余裕で死の淵へ追いやられるのだ。

条件次第では屈強なアウトドアマンも気温35℃で死ぬ?

人間は脳や内臓の機能を維持するため、深部温度を37℃前後に保つ恒温動物である。ゆえに外部環境の影響を受けやすい皮膚温度は35℃前後で保たれ、外気温が高くなると汗をかき、皮膚表面から熱を逃がすことで体温の上昇を防いでいる(液体の汗が皮膚から熱エネルギーを得て電子の運動量が増し、気体となる吸熱反応)。では、それが気温40℃、最近よく耳にする“局地的豪雨”直後で湿度が極めて高い状態だったらどうなるだろう?

大気中の水分はすでに飽和寸前であり、汗が蒸発しにくく、皮膚温度が下がらない。そして熱力学第2法則に従い、気温40℃から皮膚温度35℃へどんどんと熱は流れ、数時間で深部温度が40℃に到達。熱中症の重症度分類でⅣ度(最重症)となり、意識障害の末に死に至る可能性があるのだ。無論、熱力学第2法則は子供やお年寄りだけでなく健康なアウトドアマンにも有効で、こんな環境では人間など4時間程度しか生きられないという。これは推測の域を出ないが、気温をあまり押し下げない突発的な雨の後に熱中症による死亡者が出やすいのではないだろうか。

上記の危険性は「湿球黒球温度(WBGT)」という気温、湿度、輻射熱などを統合した、人体への熱ストレスを表す数値で表される。米国ペンシルベニア州立大学の研究(Sherwood & Huber, 2010)では、WBGTが35℃を超えると、たとえ健康な若者でも屋外に数時間いるだけで命の危険に晒されることが明らかにされた。ちなみに日本生気象学会や環境省の指標では、WBGTが28℃以上で「厳重警戒」、31℃以上で「危険」とされている。35℃に達すれば、もはや生理的な体温調整機能が破綻し、体内に熱がたまり続け、数時間でクリティカルな熱中症に陥るのだ

ちなみに前述のアンディ・マグナブが彷徨ったイラクや、ノンフィクション小説『アフガン、たった一人の生還(亜紀書房)』でマーカス・ラトレルが危機に瀕したアフガニスタンは湿度が低く、気温が40度を超えても汗による吸熱反応が効く。気温に限った危険度では、彼らより亜熱帯気候に属する我々日本人の方が高いとさえ言える。

熱帯〜亜熱帯地域は「屋外に出たら死ぬ」場所になる?

現在進行形で今我々が痛感しているところだが、地球の平均気温が1〜2℃上昇すると、日本の都市部では夏季の極端な暑さが常態化する。ついこの間も群馬県伊勢崎市で41.8℃という、観測史上最高温度が更新された。先の通り、WBGTが35℃を超える時間帯が増えれば、昼間に歩行や作業を行うこと自体が致命的となり、「人間の生存圏」が時間的にも空間的にも制限される。近い将来、熱帯〜亜熱帯地域には水冷ウェアがないと生きられないデットゾーンが発生しても不思議ではないのだ(汗が蒸発しにくい環境では昨今流行りの空調服では歯が立たない)。

温暖化対策を躊躇する人々の多くは、「経済を止めてはいけない」と主張するものの、当然ながら人が活動できなければ経済も成り立たない。屋外作業を前提とする建設業、農業、運輸業は真っ先に影響を受けるだろう。さらに道路のアスファルトは柔らかくなり、線路は熱で歪み、冷蔵・冷凍物流も高温の影響を受けて滞る。生産と供給の連鎖が断たれれば、「経済活動」どころではなくなるのではないか?

小さな数字が意味する大きな変化

気温の上昇は“数字”ではなく“命”の問題だ。たった1〜2℃の平均上昇が、特定地域の最高気温を3〜4℃押し上げることもある。これまで「暑い日」で済んでいた日が、「命の危険がある日」へと変貌するのだ。この問題を正しく認識するためには、「平均」の言葉に潜む錯覚から脱する必要があるだろう。平均気温は、極端をならした数値でしかない。だが実際には、極端な暑さの頻度と強度こそが、人の命を奪う。「平均気温が1〜2℃上がったくらい我慢すればいいだけ」は通用しないことを、改めて認識しておこう。なお、我々アウトドアマンにおいては風がなく、身体を冷やせる水は流れてないのに湿度が高い“涸れ沢”に要注意だ。

※この記事は直近で我々が注意を払うべき危険性の観点から地球温暖化を捉えているが、その一方でミランコビッチ・サイクルや古気候学(ヤンガードリアス期、過去文明の滅亡理由etc)、ラモント・ドハティ地球観測所の研究等々を鑑みると、人類にとって、将来的に地球温暖化が悪なのかはまだわからない。温暖化が氷期への移行時期を伸ばしている可能性や、歴史的に見るとたった数年で間氷期→氷期に移行してしまう可能性、数年で氷期へ移行した場合、“平成の米騒動”どころではない混乱が起こる可能性がある(そのうちアップ予定)。

Sawa