【vol.28】科学がなかった時代の文化に学ぶ大自然に生きる術 原住民の寝床

Olympus Digital Camera

ナイフもロープもいらない最も簡易的な太古の寝床

ここでは製品というものがなかった時代、人間はどのように寝床を確保していたのかを検証したい。素晴らしい道具ある現代において、あえてこれらの手法で野営をする必要はないが、知恵として、そして万が一の備えとして、最も原始的な寝床の作り方を覚えておきたい。

TYPE.01
DEBRIS HUT

知っておくと差が出る現地調達シェルター

 ひとりの少年が遭難し、1週間後に発見された。彼を救ったのはシェルターと水。(ここに移動という要素を加えると条件は全く変わるが)ただただ命を繋ぐというサバイバル環境において最も重要な2つを手に入れたのは強運だった。野生環境において何の道具も持たずにこの状況に陥ったら、大人だってどうなるかはわからない。運良く備え付けのシェルターが見つからなかったら、まずは傾斜を下って川を探し、デブリハットを作れば良い(あくまで数日間留まることが前提の場合)。

 デブリハットは、ネイティブアメリカン発祥のサバイバル術である。デブリはSF小説では厄介者のスペースデブリと同じ、ゴミ、瓦礫を指す。つまり、森ならどこにでも落ちている枝や落ち葉の類を集めて作るシェルターだ。基本構造はブッシュクラフトではもはやお馴染みの“差し掛け”。一本の長い棒に短い棒を立てかけていくだけの単純な手順だが、天然素材が持つザラついた木肌や枝分かれ部のフリクションが重なると、かなりの強度になる。骨組みが出来たら、あとはこれに落ち葉をこんもり積んでいくだけである。

 さて、そうして完成したデブリハットの保温性は抜群である。枯葉、枯草が積み重なる構造はまさにダウンジャケットと同じ。大量のデッドエアを蓄えているゆえ、冬でもそれなりに高い効果を発揮してくれる。あくまでデブリハットは一時しのぎの緊急シェルターでしかないが、これを知っていると未曾有の際に差が出るだろう。

STEP.01 まずは基礎となる骨組みを作る

大人ひとりが横になれるほどのスペースを考えて3本の枝で三角錐を作る。それぞれの枝の固定方法は、先端がY字の短い枝2本を交差させ、交差してできた穴に長い枝を通すだけ。この部分は落ち葉の荷重で固定力が上がるため、ロープなどで固定する必要はない。

STEP.02 骨組みに左右から枝を掛けていく

骨組みが出来たら左右から枝を掛けていく。最初は太めのまっすぐな枝を強度対策として掛けておき、ある程度間が詰まってきたら枝や葉が細かく出ている小さなものを掛けておく。こうしておけば落ち葉を掛けても隙間から落ちることがなく、フリクションでそこに留まってくれる。

STEP.03 気温に合わせて落ち葉の量は調整する

最後に辺りにある落ち葉や草を掛けていく。ある程度の量がないと骨組みが荷重で固定されないため、最低限骨組みが満遍なく隠れるくらいは落ち葉を集めたい。ある程度まで厚みが出れば、あとは気温に合わせて量を決めよう。

STEP.04 制作時間1時間でデブリハットが完成

枝集めからこの状態になるまで大体1時間ほど掛かったが、その大半が落ち葉集めとなる。周辺環境によって制作時間はかなり差が出るだろう。この状態まで行きつけば、小さな子供が上に乗っても骨組みが崩れない程度に強度は上がっている。

天然の保温材を使い命の恒常性を保つ術


原住民の寝床 [服部文祥編]

文/服部文祥

TYPE.02
TEEPEE

単純にて屈強な構造 実は使えるティピー

 現代登山において、山中になんらかの固定キャンプやデポ(荷物集積)地を作る必要はない。軽い装備で、環境へのインパクトは極力小さく、そっと通り抜けていくのが、現代の山旅である。そもそも、登山やハイキングでは同じ場所を再訪することも少ない。

 小屋掛けをするのは炭焼きやゼンマイ取りなどの山人や、猟師、職漁師などの獲物を求める人々である。近年では林道が山奥まで延びたので、山仕事をする人たちも「泊り山」は少ないようだ。

 ティピーを猟場の奥に立ててみようと思ったのは、猟のためである。それまでも、ヤカンやテント、寝袋などを猟場の奥に置かせてもらっていた。獲物があったときに、装備を下ろす余裕がない、という単純な理由からである。

 狩猟をはじめたばかりの頃は、大きなビニールを持ち歩き、運良く獲物が捕れたら、装備全般をビニール袋に入れて、隠しておき、獲物だけ持ち帰っていた。翌週また、同じ猟場に行って、装備を回収しつつ、猟をするという算段である。

 そんなことを繰り返していると、どこかに装備のデポ地と寝床を決めた方が早いと感じ出す。問題はどこにするかである。獲物がそこそこいて、宿泊が快適で、誰も来ない場所、というのはなかなか難しい。

 いまは奥秩父の某所に、荷物を置かせてもらっている。今シーズン、毎回テントを立てていた場所にティピーを立ててみた。

 ティピーは北米の先住民の住居として有名だが、2014年に訪れたロシア極東の北極圏でもトナカイ遊牧の移動住居として使われていた。利点は何と言っても、中で焚き火ができることである。

 簡易的な住居かと思っていたが、実際はとても頑丈で、一冬中、歪むことなく立っていた。タープに比べると暖かく、居住性もよい。テントに比べても天井が高く、土間は気を遣わなくていい分快適だ。ブルーシートとノコギリと丈夫なロープさえあれば、誰でも簡単に立てることができる。スコップと踏み台があるとさらに作業は楽になる。自然災害からの被災にもっと利用されてもいいかもしれない。

 私が立てたときの状況を報告しておく。たった一回の経験なので参考程度にしてほしい。2人入って焚き火をするにはやや小さかった。

 まず、1.5mのまっすぐな木を探し出して、定規とする。これを使って地面に正六角形を書く(これが床面になる)。正六角形の六つの頂点にスコップであなを掘る(深さは10cmほど)。まっすぐで丈夫な木(3m)を拾って六本揃える。片側を縛り、逆側をバランスを取りながら、ぐりぐりと六角形の頂点に刺す。

 できあがった骨組みにブルーシートを巻き付けるように張ればできあがり。ブルーシートは、ここで報告したティピーの場合、3.6×3.6mが2枚あるとぴったりである。押さえるのに倒木などがあるとよい。

服部の落書き設計図

ー 2015年晩秋[設営]ー

STEP.01 こんなに簡単でいいのかと疑問に思いつつ作業を進める

定規代わりの木を切り出して、まず平らな地面に正六角形を描く。六角形の頂点に穴を掘ったら、柱になるまっすぐな木を探してくる。白樺などはまっすぐで腐りにくい。

STEP.02 いつもテントを立てる場所にシーズン初めに竪穴式住居を立てた

とりあえず深さ10cmの穴を掘ってみた。スコップがあると楽に掘れる。柱の片側をロープで結んで、穴に落としてみるとそれだけでとても安定したのがわかる。

STEP.03 かつては毛皮を使っていたがブルーシートを巻きつける

入り口を決め、ブルーシートの鳩目を使って、柱に固定する。ノリ巻きを作るように巻きつけ、また同じように鳩目を使って固定する。踏み台がほしいところ。

STEP.04 シートを巻き付けることで六角錐は安定する

上の写真が、ブルーシートを1枚巻きつけた状態。ほぼこれだけで、居住空間ができあがっている。1枚目のブルーシートで柱が隠され、2枚目は固定しにくかった。ペグなどを使ってしっかり立てた方がいいのだろうか。

STEP.05 ティピー最大の利点テント内焚き火

アルミの容器を使って焚き火をしてみた。入り口を開けないと煙抜けは悪い。登山用テントにストーブというコンビよりは遥かに暖かい。囲炉裏を掘ればより居住性能は上がりそうだ。

ー 2016年初夏[再訪]ー

地図を見ていたら裏側の壊れた林道からなら、自転車でアクセスできると思われた。車に自転車を積んで、中央高速を走り、問題の林道を目指した。ゲートは予想より手前で一般車の通行を禁止していたため、自転車で峠を一つ越えて、猟場を目指した。走っているうちに林道は放棄された荒廃道になったが、ところどころ自転車を押し、なんとか進む。見慣れたはずの猟場は緑が茂り、知らない表情を見せていた。その奥に青い三角形が、冬に見たままの姿で立っていた。

大昔より伝わる構造は未だに用いる価値がある 自作ティピー、越冬す

 

なかに雨水が浸入した形跡はないが、ティピー内には、外と同じように野イチゴの花が咲き乱れていた。かなり頑丈で使える居住空間という結論に達した。