服部文祥の出猟日記

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ライフル所持にまつわるその後と文学賞と初イノシシ

民俗学者・文化人類学者の梅棹忠夫さんにちなんだ「梅棹忠夫・山と探検文学賞」の第五回受賞作が、本誌のメイン筆者の一人である服部文祥の「ツンドラ・サバイバル(みすず書房)」に決まり、2月に発表された。受賞作はここ数年に服部が行なった国内でのサバイバル登山と、ロシア極東の北極圏の隕石湖に生息する新種のイワナを求める徒歩旅行を描いたもの。自分の力で食料を確保しながら、自分の力で野生環境を旅するという服部の思想と行動は本誌でもおなじみだが、それが文学賞という形で文化人類学かつ文学作品として評価されたことは、非常に意義深い。授賞式は6月7日に長野市で予定されており、同日に長野駅前の平安堂書店で服部のスライドトークも予定されている。なお、2月に受賞が発表された当日、服部は徳島でイノシシ猟の最中で、しかも、イノシシを惜しいところで獲り逃がした直後だった。受賞の知らせを聞いた服部の第一声が「文学賞よりイノシシがほしい」だったことを念頭に、ここに掲載した「出猟日記」を読んでいただくと感慨深い。Fielder編集部一同

文/服部文祥


ツンドラの旅がその後化けるとも知らず、鼻水を垂らしている

[2016年3月11日] 鹿76頭目(メス3歳?)13時頃、鹿77頭目(オス0歳)14時頃

 三月八日にライフルの所持許可が出て、翌日、地元の警察署に顔を出した。猟期はあと七日。手帳に必要事項を書き込んでもらって、そのまま、銃砲店に向かう。もし七日以内にライフルをフィールドに持ち出さなければ、次は一〇月頭の北海道ということになる。そんな「寸止め」状態を半年も我慢できるほどこらえ性ではない。三月一五日の猟期最終日は友人といっしょに文学賞受賞パーティ用の肉を獲りにいくと決めてあるので、そのときライフルを使うためにも、一度、フィールドで調子を試しておきたかった。地元の銃砲店に電話をして、弾の在庫を確認し、自転車で買いにいった。

 三月一一日の金曜日に休みをとって、いよいよBLR(ブローニング・レバーアクション・ライフル)初出猟。週末は他の狩猟者とバッティングする可能性があるので、できるだけ平日に出猟するようにしている。

 レンタカーでC沢に着くと、前の日からの雪がまだ降っていた。こういう天候は、新しいアシがあるところだけ注意していればよく、ずっと張りつめている必要がないので楽である。

 久しぶりに一人で気が楽だ。今シーズンはゲストを連れて出猟することが多かったにも関わらず、暖冬寡雪で獲物は少なかった。精神的に消耗させられたという感じである。その状況が「オール読物」の5月号に書かれている。「フィールダー」と「オール読物」はそれぞれ数万部発行しているが、読者はただの一人も重ならないのではないかと思う。

 新しいイノシシのアシが雪の上に続いていた。戯れに追いかけることにした。岐阜の猟友が「新雪の日にそっと寝屋に行けばイノシシが撃てる」と言う。私は、イノシシを自分の銃で仕留めたことがない。ライフルの一頭目がイノシシというのも悪くない。

 アシを追って、雪が積もったヤブの中へ侵入し、銃も体も雪だらけになってしまった。スコープに付いた雪を払っていると、丸く雪が溶けて、地面があらわになっているところがあった。わお! イノシシの寝屋だ。たった今まで寝ていましたという感じである。

 雪を蹴ったばかりの足跡をあわてて追いかけた。二キロ以上追いかけたが、結局、ガサガサという音を聞いただけで姿を見ることはできなかった。

 けっこうなニアミスであったことは間違いない。

 沢沿いの道に戻って、林道の奥までゆっくり歩いた。出会った鹿は二組。最初の鹿は三頭の群れで、遠かったがヤブの中で立ち止まって姿を見せていたので、チャンスだった。ライフルのスコープに慣れていなかったため、うまく載せることができなかった。つぎが大きなオスで、林道を飛ぶように横切ってヤブの中に消えていった。

 三月の頭に半日歩いて、出会いが二組ではお話にならない。この猟場でミッチー(※1)とあわせてシーズン三〇頭ほどの鹿を撃っている。間引き過ぎなのだろう。

 昼頃に雪がやみ、生暖かい曇りになった。経験上では鹿が動く気象パターンである。ミッチーが林道の奥に残した牡鹿の頭を、フィールダーのプレゼント用に持って帰るというのも、この日の出猟目的だった。角をロープでくくり、引きずって歩いた。少し戻ったところで、来る時にはなかった新しいアシが雪面に交差していた。腰からそっと鹿の頭に繋がるロープを外した。

 ライフルの安全装置を確かめながら数歩。左上の斜面で物体が動く。予感的中、腰を落としライフルを構える。すぐ近くで鹿が立ち止まっていた。だが、使い慣れないサイトにまたも鹿が入らない。スコープはリューポルドの単倍2.5。一度、スコープから目を外し、両目で確認して、また覗いた。さっきからちゃんとサイトに入っていた。引き金を引いた。

 二〇メートルも離れていなかったはずだ。それなのにど真ん中を撃ってしまった。弾丸に貫かれた牝シカはそのまま斜面を転げ落ちてきた。MSS-20(※2)より威力が強い。

 頸動脈を切って、内臓を出し、牡鹿の頭といっしょに引きずって帰る。周辺には他にも新しいアシが多かった。今夜は猟師小屋泊予定なので、時間に余裕がある。見晴らしがよくなる直前で、再び腰からロープを外した。そっと進み、笹越しに奥の広場を覗いた。黒っぽい物体が動いているように見える。それとも岩の影だろうか?

 スコープで見ると、小さな鹿が前脚で雪をかいて、草を食んでいた。こちらにはまったく気がついていない。状況的に近くに母鹿がいそうなものだが……。距離は150メートルほど。MSS-20に載せているドットサイトだったら、赤い光点で鹿のほとんどが見えなくなる。スコープのレイティクルは充分に鹿の身体を捉え、射程距離であることを物語っていた。

 そっと、笹のないところに移動し、腰を下ろして、膝の上に銃を載せた。鹿の方がやや斜面の下にいるので、銃は安定している。

 ハーフコックのハンマーを上げて、狙いを整え、引き金を絞る。新品のためトリガーの切れは悪い。

 銃声とともに、子鹿は斜面の向こうに消えた。そのまましばらく待っていたが、動きはない。

 見に行くと、一段下がったところに、子鹿が倒れていた。逃げようともがくが下半身が動いていない。脊椎を壊したようだ。頸動脈を切った後に、大動脈も切った。止めさしと血抜きにどんな方法がいいのか、いまだ試行錯誤が続いている。大動脈を切るのが効率が良さそうだが、同時に大静脈を切らないようにするのは難しい。静脈を切ってしまったら、心臓に血が入ってこなくなので、血が抜けないのではないかと思う。

 親鹿と子鹿と、牡鹿の頭一つを引きずって下った。三たび新しいアシがあり、ちょっと注意して歩いていたら、対岸を親子の鹿が走っていった。仕留められるタイミングだ。

 猟師小屋で、鹿の雑肉を食べて、本を読んで眠った。

※1 服部の猟仲間。今号では野生児ミッチーとして洞窟探検に出かけている。

※2 MSS-20 ミロク社製の20番径ボルト式散弾銃。ミロク社が提携しているブローニングのAボルトと構造はまったく同じで、スラッグ弾を使用したときの命中精度が高い。

今シーズンは雪が少なく、思うような猟ができない

ブローニング・レバーアクション・ライフル、通称、BLR。現在はリューポルドの
スコープを載せ、トリガーを研いで、切れをよくしてある

[2016年3月12日] 鹿78頭目(メス3歳?)7時頃

 朝、猟師小屋の周辺には、鹿の新しいアシと糞があった。姿はない。昨日獲った二頭の鹿をレンタカーに積んで、さっさと帰って精肉すべきなのだろう。だが、せっかくだから登山道を二キロほど歩いてみることにする。

 ところが登山者が二組先行してい た。三月二週目の土曜日だから仕方がない。どちらのパーティもにぎやかなタイプで、登山道周辺はもう猟にならない。少し離れたところにある通称「ドングリ斜面」だけを見ることにする。

 近道から先回りして奥の広場を見 るが鹿はいない。昨年の一一月一五日、この広場にいた群れに走られて、最後尾の子鹿を仕留めたところから、今シーズンははじまった。

 そのまま、雪を踏んでドングリ斜面へ向かう。今シーズン都合一〇頭 近く見た場所だ。斜面の位置関係や落ち葉の音などで、どうしてもこちらが先に鹿に見つかってしまい、一頭も仕留めていない。

 寡雪だった今シーズンは、これまで見たことがない鹿の行動を確認している。一つは晩冬まで斜面を掘り返してドングリを食べていたこと。もう一つは、例年より早く芝生斜面に出てきたことだ。三月にドングリを食べている鹿に奥秩父で出会うのははじめてだった。

 例年の三月なら雪がたっぷり積もっているドングリ斜面に今年は鹿が入っている。まだ朝早いので焦る必要はなく、ほとんど匍匐前進で接近してみた。

 ざっと見た感じでは鹿はいなかった。それでも音を立てずに少しずつ体をずらして、周辺を観察する。鹿に似た倒木があった。スコープで確認すると鹿だった。距離は一二〇メートルくらいだろうか。鹿は立ったまま、まったく身動きしない。

 こちらを気取って動きを止めているのだろうか? となると、早く撃った方がいい。だが、一二〇メートルの射撃を安定させる銃座がない。ゆっくり右に行ったり、左に行ったりして、依託する立木を探すのだが、どの木からも鹿が見えなくなる。左手の拳を木にぎゅっと当てて、親指を伸ばし、その上に銃を載せてみた。微妙に揺れるが狙えないわけではない。何度か躊躇したが、引き金を引いた。

 すかさずレバーを操って次の弾を込める。もし当たっていなかったら、斜面を登る鹿が見えるはずだ。だがいつまでたっても鹿は姿を現さなかった。別の方向に逃げたのか? 体の位置をずらしてみるが鹿はいない。

 鹿が立っていたところに下りた。丸く雪が解けて地面が見えている。寝ていた跡? 撃った鹿は立っていたように見えた。

 よく見ると別のアシが跳ねていた。血は引いていない。そのアシを追うように顔を上げると、二〇メートル先で鹿が倒れていた。大きなメスの鹿だ。

 喉の下を開いて心臓を確認する。もう動いていない。念のため大動脈を切っておく。

 胸と腹を開き、内臓を出した。一息ついてから、射撃した場所と、鹿がいた場所を確認しに上がった。鹿の毛が派手に雪面に飛んで、その奥に着弾した跡がある。どうやら親子の鹿で、子は地面に丸まって眠り、母鹿は立ったまま眠っていたようだ。眠っていた鹿を発見して、気がつかれる前に銃弾を撃ち込むのはこれで三度目。この仕留め方は罪悪感がある。立ったまま眠っていた鹿ははじめてだ。

静かにゆっくりより、できるだけ広く歩く方が、獲物に出会う確率は高いようだ。
出会いの先で仕留められるかどうかは、その時の状況による

1月22日に仕留めたシーズン9頭目、通算68頭目の鹿

[2016年3月15日] 猪1頭目(オス3歳?)13時頃

 昨年の六月に出版した拙著「ツンドラ・サバイバル(みすず書房)」が第五回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞することになった。本というものは眺めただけでは、なにが書かれているかはわからない。読む人がいてはじめて文字表現は成立する。文字表現とは書き手と読者の共同作業の先に産まれるものだ。そういう意味で、文学賞受賞の半分は読者のおかげである。

 というわけで副賞五〇万円の半分をこれまでお世話になった人たちと三月一六日に飲み食いすることにした。猟期最終日の三月一五日に鹿を撃って、それをみんなで食べようという目論見もあった。使い慣れたMSS-20を持って行くか、ライフルを持って行くか悩んだが、色気を出してライフルを手にした。

「ツンドラ・サバイバル」は不思議としか表現できない出会いと縁がつまっている本である。まず、何と言っても、テレビ番組「情熱大陸」の取材で、派手に滑落したにも関わらず、たまたま生き残ったこと。ロシアで偶然出会った猟師のミーシャや、ツンドラの隕石湖で出会った新種のイワナ。その新種のイワナはたまたま釣り上げた魚の胃袋から出てきたものだ。そのNHK BS取材は、出発直前に発覚した「スノーデン事件(※3)」のためにほとんど中止に追い込まれていた。なぜか予定から三週間ほど遅れて、取材許可が出た。

 イワナを釣りながら長期間の山旅をする私に、同じスタイルでロシアのツンドラを旅させようなどという企画がなぜNHKで通ってしまったのかもよくわからない。現地に飛び、さあ探検行に出発だというところで地元ロシアの警察から呼び出しがあり、出発が一日遅れた。この横槍がなければ、私はミーシャと出会うことはなかった。隕石湖に着いて、些細なミスから私はゴムボートをパンクさせてしまったのだが、そのおかげで新種のイワナが釣れたとも言える。もしくはそんなアクシデントがなくても新種のイワナに出会えていたのだろうか?

 細かいことをいいはじめたらきりがない。ひとつひとつの事件に因果関係などないのに、一歩引いて考えると、すべてが繋がっているようにも思う。そしてそれを書いた本がたまたま文学賞をもらい、それがトリガーとなって、また、驚くべき出会いがあった。この日の報告はそんな話である。

 三月一四日に関東一帯に雪が降り、鹿日和になりそうな気配だった。一五日、友人三人を引き連れて、いつもの猟場C沢に入った。雪はいい感じなのだがアシはない。一二、一三日の両日にミッチーが鉄砲を鳴らした影響だろうか。

 林道を最奥まで行ってようやく親子の鹿に遭遇した。距離は五〇メートルほど。こちらが数歩あるいて、銃を依託する木に近寄るあいだに、枯れた笹の斜面をすこし登って、立ち止まった。冬の終わりということもあって元気がない。

 いただきのタイミングだった。だが、慣れないスコープに鹿が載らなかった(またかよ)。あわてて肉眼で確認し、銃を構えなおす。二頭の鹿が動き出してし、狙いが定まる前に、小尾根を越えて見えなくなってしまった。ドットサイトだった仕留めていたタイミングと距離である。そもそも、三月なのに鹿との出会いが少なすぎる(またかよ)。すぐ先で寝ていたオスがヤブの中で起きたが、角しか見えなかった。他に我々を気取って跳んだアシが数筋。シーズン全体の不調を引きずっているようだ。

 潔くあきらめて、A沢かB沢を見に行った方がいいかもしれない。もしくは時間をつぶして夕方まで待てば三月一一日のように、帰路でたくさんの鹿に出会うかもしれない。悩ましいところだが、今回は場所を変えることにした。

 帰りがけに念のため、日陰の第一林道を覗きにいった。三月四日に鹿の親子を見たところだ。

 だが、林道に気配はなかった。すこし先までいけば南斜面を覗けるところがある。今シーズンは南斜面でドングリを探す鹿をよく見たので、そこを確認してから帰ることにした。

 上から斜面を覗けるところで、腰を屈め、そっと見下ろすと、かなり下で丸い物体が動いていた。同行者に動くなとサインを送り、林道に伏せて、もう一度覗き込んだ。スコープで確認するとやはりイノシシだ。距離は一〇〇メートルほどだろうか。レイティクルの十字にイノシシを載せた。雪の消えた斜面を掘り返している。頭をこちらに向けていて標的として小さい。スコープ越しに見ていると体が横を向いた。一呼吸入れてから引き金を絞った。

 銃声と同時にイノシシは倒れ、立ち上がって、また倒れた。

 そのまま周辺を見回すが、動く物はない。下りていき、念のため、喉の下にナイフを刺した。

 これはいったいどういうことなのだろう? ごろんと転がったイノシシの横にたたずんで、混乱した思考を整理しようとするのだが、糸口が摑めない。

 まず、ライフルじゃなくてはダメだった可能性が高い。という意味では苦労してライフルの所持許可を得た甲斐もあったということだ。だがまてよ、そのライフルのせいでさっき鹿を撃ち漏らしたわけだ。あれ、でもそのおかげでここにいる? そもそも、以前この林道で鹿を見た経験がなかったらこの場所はスルーだったはずだ。その前に、週末にミッチーが暴れていなければ、苦労せず鹿が獲れていただろ? あれ? 先週イノシシを追った経験も生きているのか? まてよ、パーティで肉が必要だったからしつこく歩いたわけで、となると文学賞のおかげなのか。だとすると副賞、単独忍び猟の初イノシシって考えることもできるのか?

 何がどう繋がっているかなんか本当にわからない。『ツンドラ・サバイバル』にはどれだけ「出会いの神様」がへばりついているのだろう。一生懸命やったことはどんなことでも無駄ではないってことなのだろうか。そんなのなんだか優等生っぽくて、気に食わないけど……。

※3 スノーデン事件 CIAの職員がアメリカ国家安全保障局の個人情報取得の手口を世界に告発し、紆余曲折のすえ、第三国への亡命を求めてロシアに渡航した事件。

ツンドラの旅の最初の頃。前を行くのがミーシャ

ツンドラ徒歩旅行中にウハー(魚のスープ)を作るミーシャ。圧倒的なアウトドア能力だけではなく、それを基盤とした世界観が卓越していた。ミーシャの活躍を描いた本が文学賞をとったことも知らず、今頃はトナカイの世話に奔走しているだろう

オスのケンカに巻き込まれてケガしたメスの
トナカイを食料にする。解体方法はほぼ鹿と
同じ、日本の包丁で充分可能である

北極イワナ(オショロコマ)を釣り、鼻水まで自撮りの服部。湖でボガニドチャーという大きなイワナから出てきた新種のスモールマウスチャー

3月15日の朝。いい感じで新雪が積もったものの、新しいアシは見つけられない。例年ならたくさん獲れるので、角幡唯介、八幡暁を獲物運搬係として連れて行った。思い返せば、ドラマの役者は揃っていたといえる

 

今シーズン最後の獲物顔。撮影・角幡唯介。獲物との出会いの妙を深く考えさせられる体験だった。このイノシシは計画通り、翌日のパーティのメインディッシュとなり、ひづめはウェルカムハンドとして受付に飾られた。ライフルは副賞の半分で購入。ということはイノシシも副賞?

2015-16年シーズン単独忍び猟結果
鹿18頭、エゾライチョウ2羽、イノシシ1頭