【vol.27】発見は洞窟にある ヘンテコ生物を巡る探検

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洞窟の最奥部に希少なコウモリを求めて

洞窟… それは、誰でも一度は憧れ、探検してみたいと思う場所だ。近年はガイド付きのツアーもあり、誰でも気軽に参加できるらしいが、ここはやっぱりFielderらしく、生物マニアである野生児ミッチーの案内で、冒険感満載の「ヘンテコ生物」を探す旅に出かけてみた!
監修/藤田道男 写真/亀田正人

 

 

案内人
藤田道男“野生児ミッチー”

今冬は、単独で行う「忍び猟」でシカ13頭、イノシシ1頭を仕留めて喰いまくった野生児ミッチー(アニキと慕う狩猟仲間・服部文祥から、獲りすぎだとあきれられたらしい)。環境省のキャリア官僚らしく、「全国のシカ・イノシシ半減」という政府の目標を地でいく男だ。好奇心旺盛な彼が持つ生物の知識と経験は底知れず、度々本誌の監修役として登場している。

 

ミッチー流・洞窟探検の基本装備

ヘルメット:頭をぶつけると痛いし、こけてケガをする可能性があるため、洞窟探検時には必須アイテムだ。

ヘッデン&ハンドライト:ヘッドランプは必須。ただし、生物や氷筍の観察にはハンドライトが便利。いずれにせよ、バックアップとしてライトを複数持つことがポイントだ。

ケミホタル(サイリウム):初めて入る洞窟の場合、迷わないようにするために最小限の範囲で使用。夜釣り用の長時間発光のものを使用する。特に洞窟が枝分かれするポイントでは、帰路で迷いやすいので設置した方がよい。必ず回収して帰ること。

小さな段ボール:泥や氷の斜面を滑り降りるのに使用。

ロープ:斜面で仲間を引っ張り上げるなど、必要に応じて使用。

洞窟を探検し、コウモリを探し出せ!

 東日本の某洞窟に生息する希少なコウモリと出会うべく、野生児ミッチーこと藤田と森へ入った。洞窟への入り口は無数にあると聞いているので、地図とコンパスを頼りに、道なき道をしらみつぶしに探索しながら進んでいく。しばらく森を歩いていると、思わず目に止まる物体が林床に落ちていた。「森のエビフライ」だ。これは、ドイツトウヒの松ぼっくりをニホンリスが食べた「食痕」だが(詳しくは本誌vol.21で藤田が執筆した「フィールドサイン解読術」を参考のこと)、どう見てもエビフライにしか見えない。森にエビフライが落ちているというのも、ある意味今回のテーマ「ヘンテコ」に通じるものがある。

 そうこうしているうちに、ついに洞窟の入り口を発見した。周辺を探索してみると、大小の洞窟を複数見つけることができたが、今回はそれらの洞窟の中から、いわゆる「氷穴」と呼ばれる洞窟に潜入してみることにした(地元自治体の許可は取得済み)。

 

森の中を、コンパスだけを頼りに進む
藤田と川崎が、初春の森を突き進む。地図とコンパスだけを頼りに、道なき道を進んでいく。春の木漏れ日が暖かかったが、ところどころに残雪もあり、倒木だらけで足場も悪く、まさに探検だった。

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自然の造形「森のエビフライ」
ニホンリスがマツの種を食べたあとの松ぼっくりは、エビフライそっくりだ。丸っこいアカマツの松ぼっくりより、細長いドイツトウヒの方が、よりリアルなエビフライに見える。

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怪しい窪地を探索
森をつき進むと、苔むした不思議な窪地があった。誰も足を踏み入れたことのないであろう窪地を探索してみる。

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ついに洞窟を発見!
森を歩き回り、ついに求めていた洞窟群を発見! この穴には藤田も入ったことがないとのことで、奥を照らしてみる。ここは、広さ的にはなんとか入れそうだが、崩落の危険もありそうな洞窟だった。

洞窟の中へ

 内部はひんやりしており、湿度は高い。こうした氷穴の中には明治時代以降、蚕種(カイコの卵)を一時的に保存するための「天然の冷蔵庫」として活用されてきたものもある。岩壁がキラキラしているが、これは本洞窟が玄武岩でできた溶岩洞窟であり、玄武岩に含まれる黒い輝石[きせき]がヘッデンの明かりに反射して起こる現象だ。岩壁には他にも、溶岩が冷えて固まった際の痕跡などが確認できた。天井からはたくさんの氷柱(ひょうちゅう)、いわゆる「つらら」が下がっており、水滴が滴っている。野生児・藤田は、この水滴を味わって飲むらしい。

 さらに奥へ進むと、直径が20㎝くらいある大きな氷筍(ひょうじゅん)も発見できた。氷筍は天井から垂れる水滴が床に落ちた際に凍った、言わば「逆さまのつらら」である。氷筍の中にはてっぺんに穴があいているものもある。気温が上がると、その水滴が凍ることなく、逆に氷筍のてっぺんを融かしてしまって穴があき、水が溜まる。まるでガラスのコップのような造形になるのだ。

 さらにさらに奥へ進む。氷筍がムーミン谷のニョロニョロのように乱立しており、神秘的な光景が広がる。折らないように気をつけて先へ進むと、氷の斜面が出現した。藤田はおもむろにザックから小さな段ボールを取り出すと、それを座布団のようにして斜面を滑っていった。藤田曰く「氷や泥の斜面を進むのに有効な手段」らしいが、どうみても子供が遊んでいるようにしか見えない(笑)。

    

今にも突き刺さりそうな氷柱群
洞窟の天井には、びっしりと氷柱がぶら下がっていた。神秘的な光景だが、どさっと落ちてきて身体に突き刺さりそうなほどだ。藤田が氷柱の下で口を開けて、垂れてくる水滴を飲んでいた。さすが野生児…。

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怪しい洞窟の闇の中を進む
岩でゴツゴツした床、氷に覆われた床。歩きにくい洞窟内を進んでいく。ライトを消すと、完全に闇だ。そんな怪しい洞窟の中を、ひたすら奥部へと進んでいく。

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この氷穴は、溶岩洞窟だった!
この氷穴は、火山の溶岩が冷えて固まった際にできたものだった。岩壁には、玄武岩の構成要素である輝石が輝いていたり、ドロドロの溶岩が冷えて固まった際の痕跡が残っていた。

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自然の芸術作品・氷筍群
氷穴の奥部では、非常に美しい氷筍がたくさん見受けられた。何年かけて、ここまで成長するのだろうか。なお、写真を撮る際には、藤田がやっているように、横からライトを当て、ストロボなしで撮影するときれいな写真が撮れる。

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決して遊んでるんじゃないよ!
泥や氷の上を効率よく進むために、滑り下りることは有効だ。エネルギーの消耗を抑え、かつ早く進むことができる。しかし、洞窟探検自体がワクワク感満載なため、どうしても童心に返ってしまうのが難点だ。

とうとう出会えた! 野生の希少コウモリ

 そうして「この場所こそ、ヒトが侵入できる最奥部だ」と思えるところまで来ると、人ひとりが這いつくばってやっと入れるほどの穴を発見した。担いでいたザックを下ろし、それを先に送り込むようにして腹這いで進む。くぐり抜けた先には、中腰で進めるほどの小さなスペースがある。藤田がそのスペースをじっくり探索すると……ついにお目当てのヘンテコ生物・コウモリを発見。コテングコウモリのメスだ。本種は、複数の都道府県のレッドリストでも絶滅危惧種に指定されている希少なコウモリであり、鼻孔が筒のように飛び出しているので、“天狗”という和名がつけられている。その顔は奇怪であり、確かにヘンテコ生物である。

 取材した季節は、コウモリが冬眠からそろそろ覚めている時期であること、そして「コテングコウモリは基本的に雪中で冬眠する」という説が近年有力になっていることから、洞窟の中にいるこの個体は、冬眠ではなく休息していたものと判断できた。夜間、餌を求めて外へ出て、明け方にでも帰ってきて、ここで休息していたのだろう。非常に幸運なことに、洞窟最奥部の低い位置で休息してくれていたおかげで、持ってきた高所撮影用の「自撮り棒」を使わずとも強烈な写真が撮れた。

 なお、コウモリは世界に約1000種、日本に約30種が生息しているが、吸血コウモリは南北アメリカ大陸にのみ生息するチスイコウモリ類(たったの3種)で、日本のコウモリはすべて昆虫食か植物食である。ドラキュラのイメージで偏見を持たれがちなコウモリだが、本当はキュートな生物なのだと、藤田は目を輝かせて語ってくれた。

 

いよいよ最奥部へ侵入!
ザックを背負ったままでは突破できない穴を発見。藤田はザックを穴に押し込んで、そのあとを匍匐前進で進んでいく。この奥に、きっと希少なコウモリがいるはず!

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ついにご対面!

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洞窟のヘンテコ生物
ニホンコテングコウモリ
今回発見した種は、シベリア沿岸域に分布するコテングコウモリの日本産亜種「ニホンコテングコウモリ」(ヒナコウモリ科)だ。西日本では生息地が限られているが、中部以北では広く分布する。しかし、その個体数は決して多くない「希少種」である。そして、鼻孔、つまり鼻のアナが筒状に飛び出していることがテングコウモリ属の特徴である(写真の顔の真ん中に、小さなコブが2つあるが、これがそれぞれの鼻孔だ)。類似種テングコウモリとは、頭胴長が約5cmと一回り小さいこと、毛の色がより明るく、薄茶色っぽいことで区別できる。

野生児ミッチーこと
環境省・藤田のひとくちアドバイス
コウモリの観察のポイントは「休息や睡眠の妨げとなるため、長時間ライトを当て続けないこと」と2「触らないこと」が挙げられる。前者は、もちろんコウモリ保護のためだ。後者は、鳥獣保護管理法違反になってしまうのはもちろんのこと、病気をうつされないためでもある。日本では今のところコウモリとヒトとの人畜共通感染症の報告はない。しかし、近年有名になったエボラウィルスの自然宿主はアフリカに生息しているコウモリとされており、日本のコウモリが未知のウィルスを保有している可能性はゼロではない。