私的山遊記 雁坂嶺(埼玉県・山梨県)ー樺小屋で薪ストーブのぬくもりに浸るー

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川又〜樺小屋〜雁坂嶺〜雁坂峠/晴れ/2023年12月

編集部の超私的な山行について気が向いた時にゆるく綴っていく「私的山遊記」の第三回。薪ストーブが恋しい季節となった今回は、快適な焚火生活を求めて奥秩父の山中へ。

 冬至を過ぎてようやく寒さが本格的になってきた。この時期になると身体の芯からじんわり温まれる食べ物や温泉、焚火などを本能的に欲するものである。そういうわけで自然の成り行きに従って奥秩父川又に車を走らせていた。もちろん生姜や根菜類をたっぷり買い込んで。

 情報によると、小屋裏の水場は出ていないこともあるらしい。出ていても凍結している可能性もあるため、車を停める前に国道140号脇の山側から水が出ているところでたっぷり水を汲んでおく。食料と水を同行する友人と適当に手分けしてパッキングしたら出発。出発時、道路の表示板の気温は1度を示していた。

 今回歩いたルートは秩父往還と呼ばれる日本最古の峠道の一部。案内板によると、古くから人々に利用されてきた歴史ある道であると同時に、雁などの渡り鳥が群れを成して山を越える場所でもあるそう。そのため雁坂峠など、このあたりの地名に「雁」がつくという。

 登山口から小屋まで、コースタイムでは約3時間、標高差約1000mをひたすら登ることになる。落ち葉が深く降り積もり、道の感じからしてそれほど多くの登山者には歩かれていない様子。小屋泊の予定で初日の行動は小屋までの登りのみのため、大した苦もなく、楽園での快適な時間をイメージするうちに到着した。珍しく今回は計画通り順調である。

 静かな森の中に佇む丸太組みのきれいな小屋。中央に大型の薪ストーブが置かれている。到着時、小屋に掛けてあった温度計の気温はマイナス5度。休む間もなく、薪を集めてストーブに火を入れる。軒下に立てかけられた燃料の枝をはじめ、鋸、トング、やかんに大鍋まで、ストーブを扱うのに必要十分なものが備え付けられていた。小屋のすぐ前には白樺が立つので、火口にも困らない。

 ただし、こちらのストーブの使用には少しコツがいるようで、まず上部の調理器具を置ける穴の蓋に隙間があるため、上から鉄板をコンクリートブロックで押さえて煙の漏れを防ぐ必要がある。そして炉が大きく広いため温度が下がりやすい。そうなると空気の流れが悪くなって小屋内に煙が充満してしまうので、ガンガン薪を足して絶えず高火力で燃やし続けるのが調理時にも正解のようだ。一方で大きいままの薪も充分飲み込めるサイズのため、大雑把に薪を切って用意しておけばOKだった。

 ストーブ脇に腰掛けてその熱量を身体全体で受け止め、今晩の安泰を確信する。さっそく餅を焼いて一息ついたら、小屋の周辺散策へ。ここまでの道中、鹿の痕跡はそれほど多くなかったが、登山道をはずれるとあちこちに糞を見かけ、小屋のすぐ裏側には獣の骨が落ちていた。水場は小屋を南側の谷筋に沿って少し下ったところ。往復で10分ほどだ。水場の周りは凍りついていたが、岩を伝って十分な水が出ていてすぐにペチャポリを満たすことができた。

 たっぷり食べて飲んで、薪ストーブの恩恵を堪能して眠りにつく。時刻はまだ20時前。月が明るく、奥秩父にしては星が少なかった。夜中、小屋の周りは鹿たちのダンスホールとなっていたらしい(友人談)。

 2日目。8時前まで爆睡。ゆっくり寝ていられるのもストイックな山行ではなく、目的が薪ストーブだからこそ。たまにはこんな山遊びもいいものだ。同様に普段なら選ばないペンネカルボナーラを食べてコーヒーを淹れる。

 以前から自分でも疑ってはいたが、コーヒーなんて実際のところうまい飲み物じゃないという服部文祥氏の言葉に後押しされて、最近、コーヒーが美味しいと感じていなかった。ところが、この時飲んだコーヒーは、素晴らしく美味しかった。もちろん安物のドリップバックだ。抽出もかなり適当。この小屋と薪ストーブのおかげか、奥秩父の森が育む天然水のおかげか、気心通じる友人と一緒に飲んだおかげか、それともそれらすべてか、よく分からない。とりあえず、コーヒーはうまい時もあると主張しておく。

 ついのんびりしてしまったが、ここから朝散歩。雁坂嶺から北東にまっすぐのびる尾根(バリエーションルート)を使って2289mの頂上を目指す。途中の地蔵岩展望台は足元が切れ落ちて眺めがよくおすすめだ。この日は天気が良く、奥秩父一帯とその遥か向こうの雪をかぶった山並みまでが見えた。地蔵岩からそのまま尾根を辿ると密生したシャクナゲにハマるので、一度登山道に戻ってスキップしてから再び尾根に復帰するのがいいのかもしれない。以降はトウヒやコメツガの生い茂る森の中を緩やかに登り、ぴったり雁坂嶺山頂に出るはずだ。

 雁坂嶺を通る稜線は奥秩父主脈縦走路になっていて西へ行けば甲武信ヶ岳、東へ行けば雲取山まで続いており、南には富士山が眺められる。甲武信ヶ岳側の破風山周辺もそうだが、この辺りはシラビソの立ち枯れが乱立していて(理由は不明)、異国感も感じる風景は素晴らしい。今回は、日本三大峠の1つである雁坂峠経由で引き返すことに。この雁坂峠も、山梨県側に山地草原が広がり、気持ちのいい場所だ。小屋閉め後の雁坂小屋とほぼ完全凍結した昇竜の滝、2ヶ所の崩落地(迂回路あり)を通って3時間の散歩を終える。

 楽園から離れることを惜しみつつ掃除を済ませて下山。下りは登山口までノンストップ&早足で1時間15分だった。そのまま道の駅大滝温泉にある遊湯館に寄り道。なめらかでお湯がよく、熱々ではないので、ゆったり長風呂できる。薪ストーブに、温かい食事、温泉という冬の三大快楽をすべて手に入れて帰路についた。ただし、高速道路までが遠く時間のかかるこの帰り道は、奥秩父唯一の難点と言える。

 疲労の溜まった年末や寒さの厳しい冬は、薪ストーブのある小屋で気楽に火の恩恵を享受してはいかがだろうか。特に奥秩父の森にひっそりと佇む樺小屋は、人の気配が薄くゆったりと自分だけの時間を過ごせるはずだ。なお、奥秩父へ訪れる際は、山岳ガイド「風の谷」を主宰する山田哲哉氏の著書『奥秩父 山、谷、峠そして人』を読んでおくことも薦める。奥秩父という山域の奥深い魅力を知ることができ、すぐに山へ向かいたくなる一冊だ。