【vol.56】オリンピックと全体主義

ここのところ毎年、今時期はメキシコへ撮影に行っていたが、今年は流石に難しいだろうと現地の仲間に連絡した際、僕もよく知っている彼の叔父さんとその息子がコロナで死んだという話を聞いた。

メキシコではコロナの死が日本よりも身近に起きていた。

国民皆保険の日本とは違い、メキシコでは医療へのアクセスが極端に良くない。公立の救急車でさえ慢性的に不足していて、民間の救急車に搬送されると有料になってしまう。地獄の沙汰もすべては金次第という構図だ。

当然、日本や欧米のように給付金や補償金なども皆無だ。そもそもメキシコでは人が殺されても犯人さえ捕まらないことが多い。法執行機関がそれに加担さえしている現実がある中で、国家が自分たちを補助してくれるはずはないと、人々は期待すらしていないと思う。

一方、コロナウイルスの影響で経済活動が全世界的に止まり、二酸化炭素の排出量が減ったことで、地球環境的には良かった。

放射能汚染や海水温の上昇、台風の大型化︱︱。資本主義が収奪と破壊を繰り返したこの数十年で人類は生態系や気候までも左右した。その変化はかつて隕石の衝突や火山の大噴火などによって数万年単位で起きていた地球環境へのインパクトに等しく、これによる地質の変化から地球は「人新生」と言われる新しい地質時代に突入したと言われる。

効率と利益を求めた結果の先にあるのは、死の世界なのだろうと思う。資本主義は人が必要としているものを提供するのではなく、まるでそれが必要であるかのように人々を刺激して誘導していく。必要以上の利便性を求めて日本中至る所に24時間営業のコンビニができた結果、一昔前まで言われていた“日本にある自動販売機の消費電力をすべてなくせば原発は要らなくなる”なんて話は牧歌的な時代のものとなってしまった。

20年ほど前に僕が渋谷や新宿で路上のホームレスを撮影していた時代、そこには社会の枠に収まりたくない、もしくは収まれない中高年の男性が多く、個性派が多かった。ポン中やヤクザ崩れで指が何本かない人も多く、ドスを持ち歩いているヤンチャな人もいたが、今、コロナ禍で路上に押し出されているのは非正規労働者の若年層だ。女性の比率も多く、「死にたく無いのに死んでしまう」と追い詰められていく人々が多くなった。前年同月比で女性の自殺も増えた。彼らは社会との繋がりが希薄で、「自己責任」だからと、知らないうちに闇に追いやられていく。

メキシコシティの地下鉄では子供を連れた女性の物乞いや全盲の人たち、足や手のない身体障害者が乗客にお金を求めてくる。

夜遅く、何かのイベントで路上で物売りをしていた集団が大きな荷物と共にどっと地下鉄に乗り込んできた。皆一様に疲れ切って静まりかえった車両の中を、物乞いの先住民女性が赤ん坊を抱えながら声を上げて歩き、その後をよちよち歩きの小さな男の子が遅れてついてきた。同じように小さな子供を連れた親子3人連れの父親が、売れ残りの大きな米菓子を1つ取ってそっと男の子に渡す。お菓子を持った男の子が倒れそうになると、疲れて目を瞑っていた母親は気配を感じ取り、無言のまま座席のパイプに男の子の小さな手を引き寄せて上から包み込むように握った。

電車に揺られながら、言葉は交わさずとも人間味に溢れた一連の光景を見ていた僕は、メキシコの山中で繰り返されるカルテルの殺伐とした殺し合いを撮り続けながら歳をとったゆえか、思わず目頭がぐっと熱くなった。人は生まれた場所が違っただけで自動的に「収奪する側」と「搾取される側」に選別されてしまうが、苦しみを知っている人間は他者の苦しみに対しても共振できるのだと思う。

東京では税金で、人が横たわれないよう公園のベンチに仕切りを作ったり、人が入れないよう路上にアートと称した突起物を設置したりして、社会が非生産的だと決めつけた人間を異物として排除していく。それは先日、都内のとあるバス停付近に住む男性が「目障りだから出て行ってくれ」と、そこで路上生活をしていた女性を殴り殺した事件にも重なる。

今なお、政治は国民が一丸となって共存共助でコロナ禍を乗り切り、オリンピックを成功させ、おまけに脱炭素社会を目指した持続可能な経済発展をお題目に原発推進を謳うが、現実はコロナ禍がきっかけとなって今まであった社会の歪みが一気に表出した。政治が公文書を破棄して平然と嘘を突き通し、命を切り捨てる全体主義的な風潮となった今の日本の姿は、かつての戦争前夜の日本の状況とどうしても重なって見えてしまうのだ。

東京お台場

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine:Intifada』『Re:WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。新作写真集『山熊田 YAMAKUMATA』を2018年2月に刊行。

ー告知ー

2021年2月18日(木)〜3月14日(日)まで、亀山亮写真展「メキシコ・日常の暴力と死」を開催。カルテルの抗争に国土全体が支配されているメキシコの人々や状況を撮影した作品を展示する。
会場:東京都中野区新井薬師「スタジオ35分」
時間:15:00〜20:00 休廊日:月・火・水曜日
※新型コロナウイルス感染症拡大の状況により会期、時間は変更になる可能性があります。
最新情報はスタジオ35分のWEBサイト(https://35fn.com/)をご確認ください。