【vol.53】コロナ

F53 Senjo Main

前回のメキシコ取材で、カルテルのパトロールに同行している最中に崖から落ちた。敵に発見されるので明かりをつけることができず、夜の闇の中、斜面をゆっくりと下っている時に「あーもうすぐ着くな」と次の一歩をゆっくりと踏み出すと体が宙に浮いた。「やってしまった」と瞬間的に人生を振り返る、よくある走馬灯的な状態になった。

崖の高さは3〜4mほどしかなく、仰向けになって落ちたので背負っていた緩衝材入りのカメラ用ザックがうまいことクッションとなって頭も打たなかった。衝撃でしばらく息はできなかったが、首から下げていた2台のカメラも奇跡的に壊れなかった。

「大丈夫か!」とみんながビックリして声をかけてきので「とりあえずカメラだけは大丈夫だ」と、つまり撮影が中断せずに済んだと安心して答えると皆に大笑いされてしまった。滑落するという意識がないまま落ちたので、身体に力が入っていなかったのがよかった。

前々回にメキシコへ行ったときは、山奥のヘロイン作りをしている村で取材先の家が分からなくなり、明け方、ヘッドランプを付けて似たような家を片っ端から当たっていたら10頭ぐらいの番犬たちに囲まれた。「この家ではないな」とゲートを閉めようと後ろ向きになった瞬間に脹脛をがっつりと噛まれてしまった。噛んだ犬を蹴り上げながら「怪我はひどくないけれど、この村の犬どもは狂犬病の可能性があるかもな」と嫌な気持ちになった。狂犬病は発症すると治療法もなく、ほぼ100%死ぬ。

山から下りてメキシコシティの病院へ行くと「もうだいぶ前に噛まれてるんだから狂犬病ならもう発病してるよ! だから大丈夫だよ!」と根拠のないメキシコ的な診断を受けた。調べてみると狂犬病の潜伏期間は長い時で1〜2年もあることがわかり、まだ死にたくないので帰国してから狂犬病の発症予防ワクチンを打てる場所を探したが、日本ではすでに狂犬病が存在しないとの理由からワクチンを持っている病院を探すのが大変だった。

今回は日本に戻ると、突然右肘に謎の液体が大量に溜まり出した。やはりまったくの無傷ではなかったと、仕方がないので八丈に戻る前にマスクを付けて実家近くの病院へ行った。

メキシコから戻ってきたばかりだというと病院スタッフの顔色がサッと青ざめて大騒ぎになってしまった。病院の敷地外のプレハブに連れて行かれ、慣れない様子でエボラ出血熱並に厳重な防護服に身を固めた人たちが代わる代わるやってきたので、「潜伏期の二週間を待ってから病院に行くべきだったな」と申し訳なくなってしまった。

八丈に戻り、いつもの通り海に潜り、魚を食べる生活に戻るとコロナの影響を普段感じることはほとんどない。僕の住んでいる集落は極端に人が少ないゆえ、人とまったく話すことがない日々が普通だ。「自分の生活は普段から隔離状態なんだな」と改めて気がついた。江戸幕府が島流しの流刑地に八丈島を選ぶ理由に納得する。

八丈島のローカル新聞・南海タイムスを読んでいると、かつて島で疫病が流行った時は集落の往来を数年間もしなかったという。医療機関がなく、外界からの情報もほとんど届かない隔絶された島の状態は、今のコロナ自粛どころの騒ぎではなかったのだと思う。

今回のコロナ騒ぎは、感染した人が罪人のように扱われる風潮や自粛警察と呼ばれる人たちが他者の価値観を排除して社会正義を振りかざす行為など、自己責任論というロジックでイラクやシリアの紛争地で捕まったジャーナリストなどに対し、社会が一斉に攻撃する構造とよく似ていると感じる。今まで情報発信はメディアだけの占有物だったが、ネット社会になって誰もが自由に発信できて、アクセスできるようになった。その一方で、自分の顔も名前も晒さない、発言の責任を問われない位置にいると、他者に対してより極端な凶暴性をもって攻撃するのだと思う。

矛先は権力者に向くことは決してなく、必ず社会的に追い詰められた弱者だ。日本的ムラ社会の構造に根付く忖度や同調圧力は時代によって変質するけれど、基本にあるのは社会に帰属しない人間に対してであって、戦争で人を殺そうが、汚職をしようが、集団から外れてしまう方が問題になってその行為の善悪は問題ではなくなる。

先月、沖縄の集団自決(強制集団死)の取材に行った時、家族6人を殺されたある体験者の方が言っていた。

「いまでも毎晩、ベッドに横たわるとあの時のことを思い出すよ。自分の体験がメディアに出ると周りにまだそんなこと喋っているのかと言われる。今の日本の状況を見ているとまた何をされるかわからないよ。だからもう国に楯突くような話はしたくない。でも戦争が起きたらどんなことがあっても生き残るんだよと自分の家族に言っているよ」

その孤絶に返す言葉が見つからなかった。

F53 Senjo 1

東京・夢の島 ごみ埋め立て地。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine:Intifada』『Re:WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。新作写真集『山熊田 YAMAKUMATA』を2018年2月に刊行。