【Vol.78】新しい財・サービスを強制する資本主義社会だからこそ面白い!ー廃キングー

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エントロピー増大の法則を脳内と足で打ち破る魅惑のタイムトリップ体験

身の回りのほとんどのことが明らかになって、現実世界には人類未到を旅した冒険家の感動がほぼなくなってしまった現代。万博に行っても雑誌を読んでも目の覚めるような発見はなく、今週末もいつもの通りに過ごしてしまう……なんて日々を打破したいなら、お金も準備も大していらないお勧めの現生人類未到旅がある。日本に点在する遺構を訪ねて過去を脳内で完全再現する、名付けて“廃キング”である。


現生人類未到の失われた過去を追体験できる 古地図山行

蒙古襲来の時代から明治大正期まで様々な歴史が折り重なる山道を辿る

過去へ遡るフィールドワークの最も代表的な方法は、古地図を参考に里山を歩いてみること。かつては盛んに人々が往来した里山だが、その多くが現代に至る都市化の波に飲まれず、ただただ自然に任せて荒廃した風景が残されている。古地図に記された人々の営みが、わずかながらここには残っているのだ。

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いざ知る人ぞ知る奇怪な岩へ

里山の中心に鋭利に突き出す日本有数の奇岩“高立一本岩”。登山ガイドの三上氏いわく、群馬県の西上州、高立集落近くに起立するこの岩をある地点から見ると、太古の逸話にあるダイナミックな出来事の顛末を一望できるらしい……。

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登山ガイド

三上浩文
国内随一の読図スペシャリストで静岡山岳自然ガイド協会会長。地形図上の等高線が見せるわずかな湾曲から実際の地形を的確に推測する同氏の技術を目の当たりにすれば、読図山行の概念が変わること間違いなし。一生に一度はガイドを頼むべき人物だ。
オフィシャルサイト
http://mtgd3chan.blog.fc2.com

太古の逸話で語られた奇岩と渋沢栄一が歩いた峠を巡る

おそらく日本国内で“廃キング”を最も得意とする人物は、静岡山岳自然ガイド協会会長、界隈では“やぶ山三ちゃん”として知られる三上浩文氏だろう。もはや本誌の薮山特集には欠かせない助っ人であり、地形図一枚で初見の山でも安全確実にガイドしてくれる生粋の山ヤである(服部文祥も一目置いている)。今回はそんな三ちゃんが推す“古地図を用いた至宝の廃キングコース”を特別に公開させてもらった。

一行が訪れたのは群馬県・下仁田町を通る上州姫街道。ここは江戸時代に整備された五街道の1つ、中山道の脇往還として開削された道で、悪場がなく女性でも比較的通りやすいことからこの名が付いた。往来が容易なことから上~信州間で盛んに米や絹などの物資が取引され、あの大実業家・渋沢栄一(1840~1931)も若き日は埼玉・深谷から家業の藍玉(染料の一種)を売りに、ここを通って長野・佐久市まで足を運んでいたという。

ちなみに、上~信州の国境には碓氷峠以外にもいくつもの峠が集中しているが、三ちゃんはこれを、天下の公道であった中山道・碓氷関所は取り締まりが厳しく、ここを通るには費用も時間も掛かる。だから民間の物流のために周辺の脇往還が発展したのではないかと推測する。今回のコースにもなっている香坂峠で渋沢栄一が遭難し、疲労凍死寸前で香坂集落の老夫婦に助かられたというエピソード※からも、行商人は脇往還を使っていたことが伺える。

さて、本題はこの先の高立集落にある一本岩なのだが、これは次頁へ続く道程ガイドの中で、そこに秘められた歴史を解き明かしたい。また、一本岩の先にある同ルート唯一の有名どころ・神津牧場についても、かつて詩人・尾崎喜八(1892~1974)が愛した場所として歴史を遡ることができる。歩くだけで幾重にも折り重なった過去に触れられる。ビルド&デストロイな資本主義極まれる日本でも、里山にはまだまだこのような楽しみ方が残されているのだ。

今回使用した古地図 旧版 五万分一地形圖

(大日本帝國陸地測量部/大正4年発行)
※国土地理院発行5万分1旧版地形図を元に加工

長野七號 御代田

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衛生写真がない時代に地道な測量で日本全国を網羅した「陸測の5万」。WW2終戦後、GHQにより日本陸軍参謀本部陸地測量部は解体されたが、その後の復興に欠かせない測量技術・成果は死守して現国土地理院に引き継がれる。今でもこの地図が手に入る環境に感謝。

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今回使用したアプリ

古地図散歩(四時舎)
明治初期から現在までの歴代地図あるいは航空写真をGoogleマップに重ねて表示できる古地図アプリ。現在地情報も取得できるため、電波が届く場所なら山行時にも大いに役立つ。廃キングを楽しむ際はぜひインストールされたし。

古地図山行の行方
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道程 01

三ちゃんとの集合地点は下仁田町の国道254号沿いにある西牧関所跡(徳川氏によって1593年に設置)。その先にある姫街道本宿は今も昔の宿場町風情を残しており、東西物流の活気を推しはかることができる。

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道程 02

西牧関所跡から車で出発し、国道254号に接する国道43号線「姫街道もみじライン」を軽井沢方面へ。8kmほど進んだところで脇道へ左折してしばらくすると、突如山間にわずかに突き出た鋭い岩が見える(写真中心の突起)。

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道程 03

一本岩のある高立集落のおばあに断って車を停めたら、ここからは徒歩で目的地を目指す。歴史のある集落のようで建物は古く、情緒のある里山生活を覗くことができる。

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道程 04

住居が途切れて未舗装林道に入ると、道沿いにはかつて神社仏閣があったと思われる石像群や居住地を思わせる石積みが散見された。これらは里山で目にする二大人工物で、時に道筋同定の参考にもなる。